盤上の夜 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

<粗筋>
 十五にして事故により四肢を欠損した由宇は、それから囲碁に出会い、その才を開花させる。盤面を自らの肉体の一部と感じ、痛みさえ覚えると言った由宇の活躍期間は短く、その後の行方は知れなかったのだが…。表題作ほか全6編。
<感想>
 これを読み終えた後、何を語れば良いかよく分からない……。まるで熱に浮かされたような読後感だった。日本SF大賞をとった本作だけれど、まずそもそも、これは果たして空想科学小説としてのSFなのだろうか。確かにコンピュータなどが出てくる話もあるけれど、科学的な側面は少ない。
 むしろ思考実験的な側面が大きく、こういった作品をも内包できるSFというジャンルの奥深さを改めて感じる次第。SFを「すこしふしぎ」と呼んだ藤子F氏は凄いな……(藤子氏はあくまでも自作をそう呼んだに過ぎないけれど)。
 私は囲碁、チェス、将棋はルールが分かる程度、麻雀はほとんど全然分からないという人なので、それらの競技の奥深さを知る人ならばもっと心に来るものがあるのかも知れない。それでも、これらのゲームが単に勝ち負けを超えた、もっと神秘的なものを持っているということはなんとなく理解できる。
 6編について、もう少し詳しく。『盤上の夜』は、賞を獲ったデビュー作ということもあって、特に挑戦的な内容だった。由宇というあまりに異色な囲碁棋士は恐ろしくもあり、また魅力的。
 『人間の王』で扱われるのはチェッカー。チェスの駒を使ったゲームだけれど、日本では馴染みが薄く、私も初耳。そのチャンピオンとして長年君臨したティンズリー(実在の人物)を巡る話。彼は晩年、コンピュータとの対戦をする。彼の体調不良により勝負は引き分けに終わるのだが……。
 このチェッカーという競技は、実は既にコンピュータによって最適解が発見されていて、競技としては終焉してしまっている。この本に収められた作品は、いずれも先日の将棋の電王戦よりも前に書かれたものばかりだけれど、コンピュータ対人間というテーマでいくつか書かれている。
 なぜ人はゲームをするのか。ティンズリーの出した答えとは。収録作の中では一番科学小説としてのSFっぽいかも。ティンズリーという人物の伝記としても読むことができる。
 『清められた卓』では麻雀。将棋や囲碁、チェスは「二人零和有限確定完全情報ゲーム」と言って、偶然の余地がなく、盤面に情報が全て開陳されているという特徴故にコンピュータがいずれは人間を破る(既にチェスと将棋は、そうなっている)ことになるけれど、麻雀はそうではない。
 あるタイトル戦で起きたあまりにも不可思議な対戦を巡る話。果たして、偶然とは神なのか、それとも全ては必然で起こりうることなのか。対戦した四人のその後が興味深い。
 『象を飛ばした王子』では古代将棋。将棋やチェスの原型となった遊戯がいつ、どこで誰が考えたものなのかははっきりとしていない。それ故にこの本の中では一番独創力が高くなっている。まさか、古代インドのあの人物を創始者とするとは。一編の小説としては、一番完成度が高いかも。
 『千年の虚空』では将棋。一人の女性と、彼女を巡る一組の兄弟の物語。ちょっと抽象的に過ぎるかも。やはりコンピュータ対人間の将棋も描かれる。作中人物が見つけたという「将棋の完全解」とは結局、なんだったのだろう。
 最後は『原爆の局』で、もう一度囲碁。由宇たちが再登場する、締めの話。この変わったタイトルはいったい何なのだろうと思ったら、そのものずばり。1945年8月6日に広島で本因坊のタイトル戦が行われていたという話は初めて知りました。
 爆心地からは離れていたため、爆風と振動で飛んだ盤面をもう一度戻して、そのまま打ち続けたというなんとも凄い話。その日の対局を「原爆の局」と呼ぶのだとか。
 話としては、やはり抽象的。人の内面に迫ろうとすると、こういう話になるのか。描き下ろしの二編がこういった作風なのは、ちょっと心配な部分もある。
 全体としては、読んで良かったと思う。興味深いのは、登場人物のうち三人の打ち手が統合失調症と診断、またはその疑いがあるとされているところ。天才と呼ばれる打ち手は、神秘に迫るあまりに精神に変調を来すのだろうかしらん。
 私は凡人だから、天才に憧れる。囲碁や将棋といったゲームの打ち手がただ頭の良いだけではない、いわば世界の秘密にも迫れるような人たちだとしたら、そういう風に産まれたかったなあとも思うが、叶わぬ夢である。
 ほぼ全ての話で記述者として出てくる「わたし」は、そんな我々凡人側の人間である。彼もしくは彼女については、あまり詳しい描写は無いのだけれど、それでも「わたし」に感情移入する。最後に「わたし」が天才を語り継ぐことを自らの役目と思うことに、私もまた何か救われるような気がする。
 天才たちを描いた物語でありながら、自分としてはこの一文に一番心惹かれた。「わたしは、こう言ってもらえた気がしたのだ。現世にとどまることは、なんら恥ではないのだと」